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<<山高神代桜>>
多数の支根が錯綜・癒着し、複軸を形成している。幹の太さは、日本最大である。日本武尊が東征の帰路、植えたという伝説については拙著『千年の四季』に物語ったところである。また鎌倉時代には、日蓮上人が、この木の勢いが衰えたのを見て神秘の力により祈ったところ、その樹勢は回復、繁茂したという。そこから、この樹は、「妙法桜」とも呼ばれている。大正十一年、樹木としては第一号の天然記念物に指定された。
実相寺は永和元年の創立にして、波木井六郎実長四世の孫伊豆守実氏身延山第五世鏡円阿利日台上人の法弟となり、実相院日応と号す。偶々応師此地巡錫の砌本村字大津に古儀真言の巨刹あり、住僧真理法印と法義を論じ終に之れを説破す。法印乞うて其弟子となり寺を挙げて日応に譲る。即ち応師開山となり宗を改め大津山実相寺と称す。越えて永録四年川中島の役あるや当山第七世日忍上人法徳遠近に聞ゆるを以て武田信玄其臣蔦木越前守を遣し、武運長久の祈願を命じ永代祈願所として、一条次郎忠頼の城址(境内内)寺領八石三斗余(朱印地)を寄進せらる。依って寺を現地に移す。
◇ ◇天然記念物神代桜伝説
当寺境内に在る神代桜は彼岸桜の一種にして日本中部特有の桜。高さ九十尺。枝張り東西十五間南北十七間。周囲三十五尺余、我国桜樹中最も大なるものなり。幾百年を経しや詳かならざれども伝説には樹齢千八百年以上日本武尊東征の砌、此地御駐輩の記念として御手植せられしものと謂ふ。其後一度枯死せんとせしに偶々日蓮上人巡錫せられ深く之を惜み給ふて、其蘇生を祈り給へりと爾来不思議にも樹勢一変し、今日に及べり。故に一名妙法桜とも言う。
史跡名勝天然記念物保存法に依り、大正十一年十月最初の記念物として内務大臣之れを指定す。
◎平成十一年四月十一日 満開 (大雨、桜狩りの間晴れる。またまた奇跡)
◎平成十二年四月十五日 満開 (晴れ)波動雑誌に掲載の神秘の写真
◎平成十三年四月十五日 満開 (晴れ)二十一世紀最初の桜狩り
◎平成十四年三月十六日 初花 (晴れ)二〇〇二年 最初の桜狩り |